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東京地方裁判所 昭和46年(ワ)4145号 判決 1973年3月27日

原告

長崎友義

ほか一名

被告

東京糧穀運送株式会社

ほか二名

主文

一  被告らは各自原告長崎友義に対し金四二万六七二八円原告長崎幸子に対し金二八万八六七三円及び右各金員に対する昭和四六年三月一五日から支払い済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は各自の負担とする。

四  この判決は主文第一項に限り、仮りに執行することができる。

事実

第一請求の趣旨

一  被告らは各自原告長崎友義に対し金四、五一四、七〇五円、原告、長崎幸子に対し金四、三七二、七〇五円及び右各金員に対する昭和四六年三月一五日から支払い済迄年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決および仮執行の宣言を求める。

第二請求の趣旨に対する答弁

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決を求める。

第三請求の原因

一  (事故の発生)

訴外亡長崎みどりは左記の交通事故(以下本件事故という)によつて受けた頭蓋、頭蓋底骨折を伴う頭蓋内損傷左右肋骨多発生骨折がもとで死亡するに至つた。

(1)  発生日時 昭和四六年三月一五日午後一時三五分頃

(2)  発生場所 東京都新宿区上落合三―二九―七番地先路上

(3)  加害車 普通貨物自動車(三・五トン積、登録番号練馬一え一九五七)

右運転車 被告 武市隆利

(4)  被害者 亡長崎みどり(前記発生場所歩行中)

(5)  事故態様 加害車が前記事故発生場所の交叉点を左折した際、折柄同所を歩行中の被害者、長崎みどりに車輌の右側後輪を接触させた。

二  (責任原因)

被告らは、それぞれ次の理由により原告らに生じた損害を賠償する責任がある。

(1)  被告東京糧穀運送株式会社(以下被告会社という)は加害車を所有し、自己のために運行の用に供していたものであり、又被告武市隆利、同畠山松見を雇入れ、両名が被告会社の業務を執行中、後記のような過失によつて本件事故を発生させたのであるから、自賠法三条、民法七一五条一項による責任がある。

(2)  被告武市隆利は被告会社に雇われ、本件事故当時加害車を運転していた者であるが、前記事故発生場所は道幅が狭隘の上、商店街であつて、買物客その他の通行人が多く、自動車を運行通過させるには極めて危険な地域であるから、自動車を、運転するに当り、より一層車の前後左右の安全を確認し、かつ被告畠山松見を運転助手として同乗させていたのであるから、同人をして、車の前後左右の確認並びに誘導をさせて運転すべき注意義務があるのにこれを怠り、漫然左折し続けた過失があるので民法七〇九条による責任がある。

(3)  被告畠山松見は本件事故当時被告武市隆利の運転助手として同乗していたのであるから道幅が狭く人通りの多い危険な場所に於ては、自ら率先下車して、車両走行の安全確認及びこれが誘導をなす義務があるのにこれを怠つたため加害車を亡みどりに接触させる結果を引き起したものであるから不法行為者として民法七〇九条による責任がある。

三  (損害)

(一)  亡みどりの逸失利益現価 七五六万〇四一一円

(死亡時) 満二歳

(稼働開始年令) 満一八歳

(稼働可能年数) 満六〇歳迄

(収益) 労働大臣官房労働統計調査部発行昭和四三年度労働統計年報所収「産業労働者の種類・性・学歴・年令階級及び勤続年数階級別きまつて支給する現金給与額の平均及び労働者数」表による昭和四三年度に於ける満一八歳から満六〇歳迄の各年令毎の平均賃金による。

(控除すべき生活費) 右記載収益の半額

(年五分の中間利息控除) ホフマン式計算による。

(二)  原告友義の休業損害 七万二〇〇〇円

原告長崎友義は本件交通死亡事故による葬式その他の所用により次のような休業を余儀なくされ七万二〇〇〇円の損害を蒙つた。

(休業期間) 八日間

(事故当時の月収) 九〇〇〇円

(三)  商品腐敗損 七万円

原告長崎友義は本件事故により右(二)のとおり八日間八百屋を休業するの止む無きに至り、この間七万円相当の野菜果物類が店ざらしになつたまま腐敗した為これを廃棄せざるを得なくなりよつて右七万円の損害を蒙つた。

(四)  慰藉料

亡長崎みどりは原告夫婦の一粒種であり、事故当時は年令二年三月という可愛い盛りであつた。原告らは同女の成育を無上の楽しみとし期待していたのに拘らず本件事故により悲嘆のどん底につき落されてしまい、甚大な精神的打撃を受けた。その慰藉料として各二、五〇〇、〇〇〇円が相当である。

(五)  損害の填補

原告らは被告らから見舞金として金三五、〇〇〇円の給付を受けたほか、原告らは自賠責保険から四三八万円を受領したので各半分ずつを、原告各自のそれぞれの損害に充当した。

(六)  弁護士費用

以上により原告長崎友義は金四、二一四、七〇五円同長崎幸子は金四、〇七二、七〇五円を、被告らに対し請求しうるものであるところ、被告らはその任意の弁済に応じないので、原告らは、被告らに対する本件訴訟提起を含め、本件に関する一切の訴訟行為をなす権限を弁護士たる本件原告訴訟代理人らに委任し、東京弁護士会所定の報酬範囲内で原告らは各金三〇〇、〇〇〇円を依頼の目的を達すると同時に支払うことを約した。

四  (結論)

よつて被告らに対し、原告長崎友義は金四、五一四、七〇五円、同長崎幸子は金四、三七二、七〇五円及びこれらに対する事故発生の日である昭和四六年三月一五日から支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第四被告らの事実主張

一  (請求原因に対する認否)

(1)  請求原因一の事実はすべて認める。

(2)  請求原因二の(1)の事実のうち加害車が被告会社の所有であること、及び被告武市隆利及び被告畠山松見が被告会社に雇入れられていることは認めその余は争う。二の(2)のうち本件事故が被告武市隆利の過失に基く旨の主張は否認する。二の(3)のうち、本件事故が被告畠山松見の過失に基く点は否認する。

(3)  請求原因三の(一)は争う。収益計算の算定に実質賃金の上昇を考慮に入れるのは妥当でなく又中間利息の控除はライプニツツ式によるべきである。

三の(二)は不知。三の(三)は争う。三の(四)のうち慰藉料の額は争う。三の(五)は認める。三の(六)は不知。

二  (事故態様に関する主張)

(1)  本件事故発生場所の道路は商店街ではあるが、比較的閑散な地域で又時間的にも閑散時であり、道路幅は三・五米、加害車の車幅は二・一一五米である。

(2)  加害車は一度も後退することもなく、スムーズに左折を完了し、時速四ないし五粁の超徐行状態で、直進を開始し、加害車の運転席部分が左折道路、右角洋服屋及びその隣の玩具屋を通過した直後に、監護者の手を離れ一人遊びの状態にあつた亡長崎みどりが玩具屋のところから路上にとび出して来て、加害車の右後輪で轢かれたものである。

(3)  洋服屋と玩具屋の境には幅約四五糎、高さ約一・七米程の洋服屋の看板が道路に向つて張出されており、玩具屋の店内ないし右看板のかげに居た被害者を事前に発見することは全く不可能であつた。

三  (抗弁)

(一)  免責

右のとおり、本件事故発生はひとえに被害者側の過失によるもので、被告武市隆利、同畠山松見には運転上の過失はなく、又本件事故当時、加害車は完全に整備されており、構造の欠陥も機能の障害もなく、被告会社には運転供用者としての過失はなかつたから、被告会社は自賠法三条但書により免責される。

(二)  過失相殺

仮りに然らずとするも、事故発生については、被害者側たる原告ら自身に、監護業務不履行の過失が存しそれが本件事故の要因をなしているのであるから、損害額算定に当つては、大幅な過失相殺がなさるべきものである。

第五原告らの抗弁に対する認否

被告らの抗弁事実は否認する。

第六証拠関係〔略〕

理由

一  請求原因一の事実ならびに請求原因二の(1)の事実のうち被告会社が加害車の保有者であることおよび被告武市、被告畠山の両名が被告会社の従業員であることについては当事者間に争いがない。

二  そこで、次に本件事故の過失関係について判断する。

(一)  (事故発生現場付近の状況)

〔証拠略〕によると、本件事故現場の状況は凡そ別紙図面のとおりである。

付近は住宅街で商店が立ち並んでいる。

(二)  (被告武市の過失の有無について)

〔証拠略〕によると、次の事実が認められる。

被告武市は長さ五・五九五メートル、幅二・一一五メートルの加害車を運転して上高田四丁目方面から走行してきて本件交差点に至り、左折しようとして右前輪を道路右側の側溝蓋の縁にのり上げハンドルを左に切つて交差点中央部で約四五度左に旋回した際、進行方向前方約五メートルの道路右側の鈴木商店の看板脇に立つている被害者みどりをちらつと認めたが、特段同女の動静に注意を払うことなく、漫然危険はないものと判断し左折を完了しそのまま交差点角から約八メートル北へ進行したため、同女を加害車右後輪で轢過するに至つたこと、加害車が右交差点を切返すことなく一回で左折通過するには左折前に右後輪を旭日ソバ店前の側溝蓋の縁にのり上げ、交差点中央部を経て左折を了する前に再び右前輪を鈴木商店前の側溝蓋の縁上にのり上げなければならず、加害車前部は道路を約四〇センチメートルはみ出して、鈴木商店の建物との間に約二一センチメートルの間隙を残すにすぎないこと、右事故発生場所は道路巾が三・二二メートルで加害車の幅は二・一一五メートルであるから加害車が道路中央に位置したとしても両側に各僅かに約五五センチメートルを残すのみとなり、歩行者がいた場合にはこれとの安全な間隔を保つことが極めて困難であり、歩行者が通過するまで停止していなければ接触の可能性が極めて大きいこと、の各事実が認められる。

ところで自動車の運転者としては、本件の如く極めて狭隘な道路においては歩行者がいた場合には自動車を動かしてはならず、特にロードクリアランスの高い貨物自動車の場合には前後車輪間に人が入り込む広い余地があるため、一層その部分に歩行者が入り込まないように細心の配慮をするべき注意義務があると解すべきところ、右事実によると被告武市は歩行者の有無および動静ならびに左後方の安全を十分確認することなく加害車を進行させた過失があると認められる。なお、被告らは被害車みどりは鈴木商店の看板のかげにかくれていたので発見することは全く不可能であつたから本件事故は不可抗力によるものである旨主張するが右は〔証拠略〕に照し、にわかに採用することができず、付近は商店が立ちならぶ住宅街であつて、歩行者が商店等から出てくることは十分予見しうるのであつて、たまたま発見しがたい状況にあつたからと言つて、このような場所であることを知りつつ自動車を乗り入れた者の責任を免れさせることはできない。

(三)  (被告畠山の過失の有無について)

〔証拠略〕によると、被告武市は加害車が本件交差点を左折するため、加害車の内輪差の関係で加害車の頭を一たん右に振らなければならず、そのために角のそば屋の前に止めてあるバイクが邪魔になつたので、助手席に同乗していた運転助手の被告畠山に命じてバイクを取り除かせたうえ、左折を開始したこと、被告畠山が右バイクを取り除いて反対側の風呂屋の前に置いている間に被告武市は加害車を左折させてしまい、被告畠山が交差点に来たときは既に被害者を轢過した後であつたこと、バイクを取り除いた他その前後において特に被告畠山が加害車を誘導し、あるいは歩行者の安全を確保するために何らかの手段を講じたことはないこと、の各事実が認められる。

ところで運転助手は、運転者に協力して、危険な場所においては、歩行者の安全を確保し、自動車を安全に運行させる注意義務があると言うべきであり、殊に、本件の如き極端に狭隘な住宅地、商店街の交差点においては運転者の注意義務が個々の場所に集中して全般的な安全確保が難かしいことが明らかであるので、一々運転者に命ぜられるまでもなく率先して車を降り、自動車の進行について障害となるものを取り除き、商店等から出てくる買物客等に注意をうながして、安全を確保すべき注意義務が要求されると言うべきところ、被告畠山はバイクを取り除くまで加害車の助手席に同乗し、バイクを移し変えるのに手間どつて、左折しつつある加害車の右前方の商店等から出てくる人に対する安全の確保をはからなかつたことが認められるので、同被告も亦、民法七〇九条の責任を免れることは出来ない。

(四)  よつて被告会社は前記のとおり加害車の保有者であり、自賠法三条の責任があるとともに、被告武市、畠山の使用者として同被告らに右過失がある以上、民法七一五条一項の責任を免れることはできず、したがつて被告らは連帯して後記原告らに生じた損害を賠償する責任があると言わなければならない。

(五)  (過失相殺の適否)

本件全証拠によるも、亡みどりがどのような形態で加害車の右後輪で轢過されるに至つたかは明確でない。

しかし被告武市は左折の段階で亡みどりを発見しているのであつて、子供がいるのにもかかわらず、その動静を確めず、一寸でも子供が動けば加害車に接触するような状況下にありながら、子供の通り過ぎるまで待つか、あるいは助手である畠山が子供の安全を確保するまで待つなどの方法をとらずに進行したのであつて、その過失は重大であり、子供を見たら赤信号と思えという一般的に知られた標語どおりの行動をとつて停止していれば本件事故は十分防止しえたのである。亡みどりの行動については過失相殺能力不要説の立場をとつたとしても特段違法とも言うべき行動は見当らず、多少動いて加害車の右後輪の前に位置する関係になつたとしてもそれは歩行者としての責めるべき行為と言うを得ない。けだし狭隘な道路で人がやつと通れる程度しか、車との間隔があいていない場合には、歩行者は車の側面が道路面近くまで降りている個所では已むを得ずその外側を通るが、ロードクリアランスが高くて、路面までの間に間隙がある場合には多少その部分に体を入れるような形で歩行するのが通常であるからである。

他方親権者である原告らとしても、付近が商店街、住宅街でやつと車が通れる程の道路であつて、ほとんど一般の車両が通行しない道路で且つ自宅の付近であることを考慮すれば、同女を一人で遊ばせておく結果となつたことについては監護義務者の落度と言えなくもないが、過失相殺すべき程の過失とまでは言い得ない。

よつて本件においては死亡幼児の賠償額が、親の精神的苦痛は大であるが、親に経済的損失は実際にはほとんどないことから、成年者に比し一般的に低いこともあわせ、損害の公平負担をはかるために過失相殺をしなければならない事案とは言えないから、被告らの過失相殺の主張を採用することはできない。

三  (損害)

(1)  得べかりし利益

〔証拠略〕によると、被害者は事故当時満二才の女子で、健康体で発育も順調であつたこと、本件事故がなければなお平均余命年数の七二年間程度は生存し、満二〇才から六〇才までの四〇年間は少くとも家事従事者あるいは女子労働者として、平均的な労働能力を有していたであろうこと、右労働能力を再生産するための必要経費として、その二分の一程度の生活費を要したであろうこと、いわば稼働開始に至るまでの先行投資として原告らは月平均五、〇〇〇円程度の養育費が必要であることの各事実が認められる。そこで亡みどりの逸失利益の算定にあたり当裁判所に顕著な労働大臣官房労働統計調査部編昭和四七年度労働統計年報所収「産業労働者の種類、性、学歴、年令、階級及び勤続年数階級別きまつて支給する現金給与額の平均及び労働者数」表の昭和四六年の全産業女子労働者平均年収である五八万八七〇〇円をもつて亡みどりの収入とし、当裁判所の最も一般的な方法である逸矢利益の計算方法にしたがつて事故当時における亡みどりの逸失利益現価を算出すると次の計算のとおり一三九万七三四六円となる。(原告らの相続分は各二分の一)

五八八、七〇〇円×(一-〇・五)×(一八・八一九五-一一・六八九五)-五、〇〇〇円×一二×一一・六八九五=一、三九七、三四六円(円未満四捨五入)、なお一八・八一九五は五八年のライプニツツ係数、一一・六八九五は一八年のライプニツツ係数(いずれも年五分の割合による)である。

(2)  原告友義の休業損害

原告友義本人尋問の結果から事故当時の一日あたりの純利益は約九、〇〇〇円であることが認められ、又弁論の全趣旨から葬儀関係を取り行うにつき少くとも原告友義主張程度の休業を余儀なくされたことが認められる。そうすると右休業は亡みどりの親権者で且つ相続人である同原告らに生じた損害として本件事故と相当因果関係にあるものと認められるので、同原告は右金七二、〇〇〇円を請求しうるものと言わなければならない。

(3)  商品腐敗損

〔証拠略〕を総合すれば、前同様本件事故と相当因果関係ある商品腐敗損は金五万六〇五五円と認めることができる。

(4)  慰藉料

原告らが被害者の父母として亡みどりの事故死により筆舌に尽し難い精神的苦痛を受けたことは推認に難くなく、本件記録から窺われる諸般の事情を斟酌すると各一七五万円をもつて慰藉するのが相当であると認められる。

(損害の填補)

原告らが自賠責保険金四三八万円(原告ら各二一九万円)を受領していることは当事者間に争いがないので、これを右損害額から控除すると、残額は原告友義につき三八万六七二八円、原告幸子につき二五万八六七三円となる。

なお、原告ら自陳の見舞金については慰藉料の算定の際斟酌した。

被告らは他にも本訴請求外の既払分がある旨主張するが、前記のとおり本件においては過失相殺をしないので、本訴に充当されるべきものはない。

(弁護士費用)

原告らが本訴追行を原告ら訴訟代理人に委任したことは記録上明らかであり、これに証拠蒐集の難易、被告らの抗争の程度、弁護士費用を除く認容額等を斟酌すると、原告友義については四万円、原告幸子については三万円をもつて本件事故と相当因果関係のある損害と認められる。

四  よつて、原告らが被告らに対し主文第一項の記載の金員およびこれに対する不法行為の日である昭和四六年三月一五日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分は理由があるので認容し、その余は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用については民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言については同法一九六条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐々木一彦)

別紙図面

<省略>

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